Falling Water(落水荘)と日本の美意識
近代建築三大巨匠の一人として知られる、アメリカの建築家フランクロイドライト。
ニューヨークにあるライト建築は、グッゲンハイム美術館がアイコン的存在ですが、少し足を伸ばして週末にFalling Water(落水荘)を訪れました。
ライト建築は、有機的建築物やプレーリースタイルとして知られています。ライトの20世紀建築作品群は、グッゲンハイム美術館やFalling Waterを含めた8つの建築作品を対象とする世界遺産にも登録されています。
日本では、芦屋川から望む斜面に調和するように建てられた旧山邑邸(ヨドコウ迎賓館、芦屋市)や、低い水平面が強調されたプレーリースタイルの自由学園明日館(豊島区)等が現存します。
そして反対運動にもかかわらず1968年に解体された旧帝国ホテルの一部は、移転保存された姿が博物館明治村(愛知県)で公開されています。
日比谷の一等地にあったホテルが当初とは全く異なる場所に存在しているのです。元の場所で人に使われながら建築が保存される難しさを表すエピソードですが、この保存運動が日本の近代建築に対する初期の保存運動であったことから、意義のある出来事だったとも捉えることができます。
帝国ホテルの設計で6年間日本に滞在したライトは、日本各地を旅行し、浮世絵を収集したことでも知られています。またアメリカからアシスタントとして連れてきたアントニンレーモンドはそのまま日本に残り、多くの作品を手掛け、弟子を育てました。その意味からもライトは日本を愛するとともに日本に近代建築を根付かせることにも貢献しています。
生涯にわたり設計した建築物は1000を超えるといわれる一方、実際に建てられたのはアメリカ・カナダ・日本のみなのだそう。
さて、Falling Waterは建物から滝が流れ落ちるおなじみの構図で、一度見ただけで記憶に残る建築です。ピッツバーグから車で2時間、南東に70マイルの場所にあります。
(ニューヨークからは車でおよそ6時間半かかりました。公共交通はなく、車のみが移動手段となります。)
1935年にピッツバーグの百貨店経営者のエドガーカウフマンの週末の邸宅として設計されました。
ピッツバーグは鉄鋼業を中心として1960年代まで発展してきた都市。Falling Waterが建てられた1930年代はまさに鉄鋼業が盛んで、同時に大気汚染の問題も抱えていました。そうした中、都市から離れた地に別荘をつくることは理想の暮らしでもありました。
Falling Waterは事前予約必須の観光地であり、見学はガイドツアーが原則です。
ビジターセンターからガイドに案内され、森の散歩を楽しみました。
岩が木と一体化している
新緑の季節に、小雨の中緑がひと際美しかったです
しばらく歩くと、生い茂る木々の隙間から邸宅が見え始めました。
滝を眺めて過ごしたい、というカウフマンの要望に対して「滝とともに暮らす」ことで実現した住宅です。敷地内で切り出した砂岩等の材料で、地元の職人によって建設されました。
テラスと居間はキャンティレバー(片持ち梁)を採用し、浮いたように見せていますが、大きく張り出し自然の風景にとけこんでいます。
屋根を極力低くしたデザインで、内部にはいると思った以上に天井は低く、窓の向こうのあふれるばかりの緑へと、視線を促します。
高い天井は気持ちを高揚させ活動的になりますが、低く抑えられると落ち着いた気分になります。内部にいても水の流れる音が響きわたり、この自然の音も魅力的でした。
この建物が美術館といった他の用途として公開されているわけではなく、当時の設定で絵画や彫刻の美術品やライト設計のオリジナル家具がそのままの状態で公開されています。
家の中心に暖炉を配置し、生活の核と位置付けた。
ガラス扉をスライドさせると、水辺へとつながる階段へ
ライトは日本の芸術や美意識を高く評価していました。建築と自然の有機的な融合という点で、日本の伝統建築と庭の考え方にも通じる部分があります。
庭園等では周囲の景色を生かしながら景観を作り上げる借景という技法や、障子にみられるように建物の内外を明確に区別せずに自然との連続性を大切にする等、日本人は自然を愛でる対象とする一方で、自然との調和を図ってきました。
日本人である私も、ライトの設計思想の根底に備わった美意識や自然観に気づき、低い天井の室内のどこにいても、どうしても抑えられない高揚感に胸の高鳴りは止められません。
家としての役割を果たしながら、絵のような場所であり、自然と一体となった心に響く建築でした。
当時のライトの仕事に思いを馳せながら、邸宅をあとにし、また森を歩くと、最後にやっとおなじみの構図のFalling Waterに出会えました。