ニューヨークと環境問題
この写真を見て、何かお気づきになるでしょうか。
ビーチにポツンと置かれたソファのオレンジと背景の青のコントラストが美しく、おしゃれな印象を受けませんか。
何の変哲もない屋外用のソファに見えますが、実はこのソファはライフジャケットと同じ素材でできており、洪水が起きたときには緊急避難用のボートにもなるのです。オットマンも同じ素材でできており、中にはカクテル用のシェイカーやお酒のボトルが収納できるようになっています。
ソファの背面には、ソファのフレームと同じリサイクル木材でできたオールも付属されています。
かなり“実用的”な機能を持つこのソファは、Motherというクリエイティブエージェンシーが、ニューヨークデザインウィークの中で環境問題や気候変動への皮肉的な批評として発表した作品です。環境問題悪化による気候変動、特に海面上昇問題に対する世間の認識を高めることを目的として製作・発表されました。
Motherの創設者のポール氏は「このソファは、海面上昇によって洪水が起きたときも、ただのんびり座ったまま洪水から逃れたい富裕層向けです」とコメントしています。
10年以上前から度々ニュースになっていますが、少しずつニューヨークが沈んでいると言われており(加えて超高層ビル群の重みもあり)、海面上昇は沿岸部且つ低地に広がるニューヨークにとってはかなり深刻な問題です。ニューヨーク市は、Lower Manhattanの沿岸部に当たるバッテリーパーク周辺地域を海面上昇から守るための対策プロジェクトに取り組んでいます。このプロジェクトでは、ニューヨークのイメージや景観に合う、かっこいい空間をデザインすれば良いのではなく、気候変動によって予想される危険から住民を守るための対策も重要な要素として設計していくことが求められています。
いよいよ、環境保全や環境悪化を食い止めるフェーズから、環境悪化による影響から自分たち人間を守る対策のフェーズへと突入してしまったのだということを、このソファを見て強く感じました。
ニューヨークでは、地球上の様々な問題を風刺するアート作品を街中でよく目にします。ユニオンスクエアにある、もう後には戻れないほどの地球環境崩壊までの時間をカウントダウンしている環境時計も、その一つです。
2023年5月時点で、残された時間はあと6年と数か月。私たちにのんびりしている暇はなさそうです。そんな緊迫した状況を、皮肉を込めて非難するライフジャケット素材の避難ボートソファ。このソファが海に浮かぶのを見る日が来ないことを願うばかりです。