Water Tankのある風景

マンハッタンのビルを見上げると、必ずと言って良いほど目にする「Water Tank」。ニューヨークのスカイラインになくてはならない存在となっているこの巨大な木製の桶はニューヨーク市内に15,000ほどあるらしいですが、正確な数字は(Water Tank業者を含め)誰も把握していません。新旧ビルの屋上に鎮座する色褪せた木製のWater Tankは過去の遺物のように見えますが、全てがバリバリの現役で、ニューヨークのビルの給水システムにおいて重要な役割を果たしています。

ミッドタウンのビル7階にあるYTのオフィスから眺める景色。どの窓からもWater Tankが見えます。

 

1800年代中頃からニューヨーク市の人口がどんどん増加し、それまでの溜池や貯水池だけでは飲料水が不足し始めたため、市はウェストチェスター北部のクロトンダムとマンハッタンを結ぶ水路クロトン・アクアダクトを建設。続いて1900年代初頭にはキャッツキル山系の豊かな水源と市を結ぶキャッツキル・アクアダクトを建設し、爆発的に人口が増え続ける市の水源を確保しました。北部山間部から旅してくる水は、その高低差のためにマンハッタンのビル6階まで供給可能な速度と水圧がありましたが、ビルの高層化が進むに従い、7階以上のビルには力及ばず、屋上に給水塔を設置する必要がありました。そこで登場したのが木製の巨大桶です。

 

桶の材料はイエローシダー(米ヒバ)またはカリフォルニア・レッドウッド(セコイア)が最適とされていますが、いずれも値段が高騰し入手が困難になったため、最近は安価で軽量なウェスタンシダー(ベイスギ)が使用されています。桶の組み立てには接着剤や釘、ネジなどを一切使用せず、樽材の外側にはめる鋼製のフープ(円形の枠)のみで10,000ガロン(37,854リットル)もの水を封じ込めています。桶に水を満たす過程では水漏れしますが、ひとたび満杯になると木材が膨張して水漏れしなくなります。タンク内の水量が一定のレベルを下回ると地下のタンクから電動ポンプで水を汲み上げるシステムで、タンク上層の水は日常の使用に、下層の水は緊急用に確保されています。

 

建物の近代化が進んでも木製のWater Tankが使用され続けている大きな理由に、ニューヨークの冬の厳しさがあります。木製の桶には優れた断熱性があり、氷点下になっても水が凍りません。ステンレスなどの金属製タンクの方が清潔で長持ちしそうに思えますが、ところがどっこい、金属製のタンク内の水が凍らないようにするためにはなんと60cmもの厚さのコンクリート壁が必要とのこと。さらに設置費用にも大きな差があります。10,000ガロンのタンクの場合、木製桶の設置費用が約30,000ドルに対し、鋼製タンクの設置には120,000ドルもかかるそうです(2017年調べ)。寿命が短いように思えるWater Tankですが、専門業者による定期的なメンテナンスと清掃作業によって30年から35年は使用可能だそうで、意外に長い寿命にびっくり。

 

 

現在ニューヨークにあるWater Tankの専門業者はわずか3社のみ。その中で最も古い歴史を持ち、最大手でもあるRosenwach Tank Companyでは製造・設置から清掃、修理、電気制御、断熱、構造補強までWater Tankの全てを請け負っています。同社によると、職人によって作られた桶のパーツは、多くの場合長すぎてエレベーターに収まらないために階段で(!)屋上に運び、組み立ては24時間以内に完了するとのこと。製造工程はここ100年変わっていないそうです。桶の組立作業を撮影したYouTubeがなかなか面白いので興味がある方はどうぞ。

 

 

ニューヨークのアイコンとも言えるWater Tankはアートのテーマにもなっています。2012年、アーティストのトム・フライ氏はプレキシグラスの廃材を再利用した作品「Water Tank」を制作し、マンハッタンブリッジの南側、ジェイストリートのレンガ造りのビル屋上に展示しています(BQEをベラゾノブリッジ方面に車を走らせると右手に見えます)。また、メッセンジャーバッグで人気を博しNYを代表するファッションブランドに成長したBrooklyn IndustriesのロゴマークもWater Tankです。

 

100年の昔からずっとそこにあって、ビルの上から街の変化を見おろしていたWater Tank、今後ビルの高層化がどんどん進むであろうニューヨークで、どのように生き残っていくのでしょうか。