混乱の時期の「人間の理性」

明けましておめでとうございます。
旧年中は皆様に格別のご厚情を賜り、誠にありがとうございました。
本年もより多くの皆様のお役に立てるよう努めてまいりたいと思います。

 

さて、昨年のアメリカ経済を振り返りますと、年初から開始されたワクチン接種の進展もあり、秋頃までは個人消費と設備投資という堅調な内需が牽引し、2021年の実質GDP成長率は暦年ベースで5%半ばの水準となる見込みと公表されています。今年の米国経済も2021年と同様に内需主導の成長が期待され、実質GDP成長率は4.0%前後と、2021年からは鈍化するも高い伸びを維持するというのが一般的な見方です。

 

しかし、オミクロン株による感染状況の悪化によっては、サービス消費の落ち込みやサプライチェーンの混乱が長引く可能性も指摘されます。サプライチェーンの混乱が長期化すれば、インフレ加速が継続し、実質所得が目減りすることで、低所得・中所得層の消費に悪影響を及ぼすことになりますので、経済が安定して回復基調に向かえるのか否かも、全ては混乱の続く政府のコロナ対策の成否にかかっていると言えましょう。

 

一方、コロナ対策以外でも、アメリカは現在多くの課題に直面しています。先ずは不法移民者の急増です。「移民に冷たいトランプ」を非難し、「人道的な対応」を掲げたバイデン政権が誕生以来、南部国境からの不法越境者は大幅に増加し、その数は昨年末までには2百万人を超えたとされています。それに、拘束されずに米国内で姿を消した人々を加えると、実際の数は3百万にもなるのではないかとさえ言われます。

 

ウォールストリートジャーナルが昨年11月中旬に実施した世論調査においても「バイデン大統領と議会に優先して欲しい最も重要な問題は何か」との質問に対する回答で「移民問題」が13%と、「経済」の11%や「インフレ」の10%などを抑えて1位となっており、関心の高さを示しています。

 

近代国際法によれば、国家を形成する要素は「領土」「国民」「主権」の三要素を持つものとされていますが、この不法移民問題は、人権保護という綺麗ごとではすまない、国家形成の要素の一つである『国民』とは誰かを問う、国家の命運を左右する大事であることを再認識する必要があると思います。

 

次には、昨年からのBlack Lives Matterの動きとも関連し、特にリベラル系が首長となっている都市部での治安悪化の問題があります。シカゴやサンフランシスコなど、今や無法地帯と化した感のある大都市だけでなく、ここニューヨークでも過去8年間のデブラシオ市政の下では、ホームレスの増加に加え、強盗、殺人などの凶悪犯罪も急増しました。

 

そこから今月誕生した新市長は、民主党ではありながらも、最重要政策に治安の回復を挙げていますので、その具体的な政策の展開が待たれるところです。

 

NY市新市長 エリック・アダムス氏

 

更には、一向に改善を見ないサプライチェーンの問題があります。バイデン政権による失業手当の上積支給政策継続もあって労働者が工場に戻らないという状況に加え、港湾荷役の停滞から輸入物資が届かす、物不足が深刻化しています。その結果、昨年末にはクリスマスプレゼントさえ手に入らないという事態にもなりました。このサプライチェーンの混乱が長引けば、国民の政権批判の声も更に大きくなることは間違いありません。そこに石油の需給逼迫からのガソリン価格の高騰もあって、今も年率7%を超える物価上昇が続き、ハイパーインフレという言葉が普通に飛び交うようになってきました。

 

このように一年前には考えられなかったような状況が現出している中でも、バイデン政権は左翼世論に迎合する姿勢を示すだけで、効果的な政策を打ち出せないでいます。しかし考えてみれば、高齢で認知症の疑いもあり、大統領の激務に耐えられるかと心配の声もある中で、メディアが囃し立てた反トランプの流れの中で敢えて現大統領を選んだのも米国民です。その代償の大きさに今になって気付き始めたことは、各世論調査の数字からも明らかですが、一時の喧騒や扇情的な言葉に流され、合理的な判断が出来ないままに政権選択の投票をおこなってしまうということにこそ、近代民主主義の本質が見えるのではないかと思います。

 

フランスの思想家のトクヴィルは、『アメリカの民主政治』の中で、「民主主義国家は、自分達に相応しい政府を持つ」と言い、さらに民主政治とは「多数派の世論による専制政治だ」と断じています。そしてその多数派世論を構築するのは新聞、今で言うマスコミだとの指摘もしています。

 

現代のメディアの台頭と民主主義政治との密接な関わり合いをいち早く予想していたことになりますが、同時に大衆世論の腐敗や混乱に伴う社会の混乱を解決するには、宗教者や学識者、長老政治家などのいわゆる「知識人」の存在が重要だとしています。

 

そして、民主主義政治は大衆の教養水準や生活水準に大きく左右されることを、繰り返し強調し、その上で、「平等の欲求と専制が結合すれば、理性と知性の一般的水準は、低下の一途を辿るだろう」というのが彼の民主主義の総括です。

 

戦後長らく近代民主義の先進国と言われていたアメリカの民主主義がその根本から揺らぎ、世界の信頼も失いつつある中で、民主主義の復権を願うならば、我々が考えるべきなのは、このシステムを活かす「人間の理性」ということなのでしょう。

 

人は不安や混乱の時期には、どうしても情緒や感情を優先した判断に走ります。
しかし、先の見えない混乱の時期にある今こそ、「理性的に生きる」意味の重さが問われているように思えます。