スキャビー・ザ・ラットの話
時折、ニューヨークの街角で見かける巨大な風船ネズミ。大きな前歯2本と真っ赤な目、お腹にはピンク色のカサブタを持つ超不細工なネズミ、実は「スキャビー・ザ・ラット(かさぶたネズミ)」と言う名前がついています。ある朝突然ビルの正面玄関近辺に出現し、「お、出たな」と思っていると1週間ほどで姿を消します。時には3匹並んで立っていたり、近くに棺桶が置いてあったり、ネズミではなくピンクの豚の場合もありますが、彼らの役目は皆同じ、そのビルで起きている労働問題への抗議行動なのです。
時をさかのぼること1986年、イリノイ州の労働組合の一つローカル150は非組合請負業者に対し、ネズミの漫画を描いた看板を掲げて抗議運動をしていました。その看板が道行く人の目に留まり、何をしているのか尋ねられるようになったため、より目を引こうと舞台で使うような着ぐるみを作ることにしました。ネズミの着ぐるみは更に人々の注目を浴びて効果絶大だったのですが、夏の暑い日に中に入る人は地獄の沙汰だし着ぐるみは恐ろしい悪臭を放つし…。もっと良いものはないだろうかと組合トップが考えていたところ、中古車販売店に置いてあった空気で膨らましたゴリラを目にして「これだ!」。
初代のネズミは車の屋根にポンプと一緒に取り付けたもので、抗議行動の場所に到着したら膨らまして、使用しない時は空気を抜いて畳んで収納できる優れものでした。このネズミカーは注目を集め、車両を追加して「ラットパトロール」を編成。
この初代収納式のネズミのお腹にもカサブタがありました。なぜネズミとカサブタなのでしょうか?建築業界の組合員がストを起こして作業をボイコットしている間、工事の遅れを嫌がる施工主が非組合員の労働者を雇って工事を続行した場合、組合は施工主を「ラット」、もぐりの労働者を「スキャブ(カサブタ)」と呼んだそうで、その二つを合体して生まれたのがカサブタネズミでした。
そして1989年、より人目に付いてインパクトがあるネズミを追求した組合は、車に乗せない自立型の巨大カサブタネズミを気球制作会社のビッグ・スカイ・バルーン社に発注。第1号は高さ約8フィートで、デザインはほぼ現在と同じ、ネズミに名前を付けるコンテストも開催されて正式名は「スキャビー・ザ・ラット」に決定しました。当初はシカゴはじめイリノイ州でぽつぽつ出現していたスキャビーは次第に他州でも使われるようになり、ビッグ・スカイ・バルーン社には風船式ネズミの注文がたくさん入るようになりました。現在はネズミのほか豚や猫など別のキャラクターもありますが組合運動に関してはネズミがダントツで一番人気、値段は大きさによって$2,000~$8,000ほど、年間100~200匹を制作しているそうです。
時代は流れ、全国的に組合員の数が減少する中、NY市は全米平均12%に比べると24%もの組合加入率で、これは全米2番目に高い数字になります(2021年調べ)。それもあってマンハッタンではスキャビーを見かける頻度が多いようです。こんな不細工な巨大ネズミがビルの前にいたらたまらんと撤去を求めて訴訟を起こされたこともありますが、「スキャビー・ザ・ラット」は裁判で勝利。NY市では12フィート以下であれば設置OKになりました。
用途が用途なだけにかわいらしく作る必要はないですが、なんとも言えない憎たらしさ溢れる不細工なデザインは、非常にアメリカ的とも言えますね。次回街角で風船ネズミを見かけたら、「よっ、スキャビー」と(心の中で)声をかけてあげてください。