ボザール様式の図書館とライオン

ボザール様式とはパリにあるフランス国立美術学校エコール・デ・ボザールで建築を学んだ米国人が米国に戻り設計した建築様式を指すもので、別名アメリカンルネッサンスとも呼ばれています。古代ギリシャとローマの古典的な建築とルネサンス様式が融合したスタイルで、秩序、対称性、豪華さ、精巧な装飾を特徴とします。

 

米国でのボザール様式ブームは1885年から1925年までと短い間でしたが、それは米国産業が躍進的に成長した時期と重なり、その間に建てられた博物館、銀行、裁判所、政府の建物など多くの公共建築物にボザール様式が用いられました。マンハッタンで見られるボザール様式としてグランドセントラルターミナル、コロンビア大学ロウ記念図書館、アメリカ自然史博物館、カーネギーホールなどがあり、いずれも壮大で圧倒的な存在感があります。

 

5番街と42丁目の角に建つNY公共図書館本館(名前に「Public」とついていますが官営ではなく民間の非営利団体による運営)もボザール様式です。元々あった私立のアスター図書館とレノックス図書館が統合され公共図書館となり、NY州知事を務めたサミュエル・ティルデンの遺贈や鉄鋼王アンドリュー・カーネギーからの莫大な寄付をもとに新しい図書館システムを構築、1987年、老朽化のため放置されていた配水池跡地に図書館建設を決定。設計コンペには88案が提出され、一次選考で12案が、最終選考に3案が残り、優勝は当時無名だったカレール&ヘイスティングスが勝ち取りました。

 

1900年に基礎工事開始、おおがかりな建設ゆえに工事はなかなか進まず、外装工事が終わったのは1907年末、塗装と内装工事が終わるには更に4年ほどかかりました。1911年5月23日、ウィリアム・H・タフト大統領が主宰して図書館の開館式が行われ、当時アメリカで最大の大理石建築物と謳われた図書館を一目見ようと15,000人もの市民が集まりました。

 

その開館式の大騒ぎを静かに見守っていたのは図書館正面玄関の左右にいる2頭のライオンでした。彫刻家のエドワード・C・ポッターによるオリジナルモデルをブロンクスの石工会社がテネシー産のピンク大理石で制作したもので、長さ11フィート、実際の雄ライオンより3割ほど大きく作られています。ちなみに図書館前に置く像としてバイソンやビーバーも候補に上がったそうで、バイソンはともかく、巨大なビーバー2匹が仁王立ちしている像を想像すると面白いですね。

 

あれから110年経った今も同じ場所、同じ姿勢で佇み、5番街を見下ろすライオンに名前があることをご存じですか? 当初は公共図書館の基礎となった二つの図書館オーナーにちなんでレオ・アスターとレオ・レノックスと呼ばれていましたが、1930年代初頭、大恐慌に喘いでいたニューヨークのラガーディア市長は北側のライオンに「Fortitude(不屈の精神)」、南側のライオンに「Patience(忍耐)」と命名し、経済不況を共に乗り越えようと市民を励ましました。

 

大恐慌を乗り越えたNYに再び活気が戻ると、ライオンたちはシルクハットに蝶ネクタイ、時にイブニングドレスやジュエリー(二匹とも雄ライオンなのに)、ホリデーシーズンには首にリースをかけられ、卒業シーズンにはふさ付き角帽、ワールドシリーズにはベースボールキャップを身に着けて人々を楽しませてくれました。しかし、老朽化が進んだ2006年、ライオン保護のために今後はドレスアップをしないと図書館が発表し、多くのニューヨーカーをがっかりさせました。

 

その後、2019年に専門家によって徹底的に掃除・修復が行われたライオンは1911年当時の凛々しい姿に戻り、図書館の門番として復活。ドレスアップはしない、と宣言したはずなのに、COVIT-19によるロックダウン中の昨年6月末、幅3フィート、高さ2フィートの巨大マスクを鼻先につけられ、当のライオンはさぞかしびっくりしたことでしょう。

 

大恐慌に始まり、第二次世界大戦、9/11、大停電、そしてCOVIT-19と、激動のニューヨークを見守ってきた「Fortitude」と「Patience」。ようやく巨大マスクが外され、久しぶりにさっぱりした顔つきで、徐々に人が戻ってきた5番街を今日も見守っています。